マダガスカルはインド洋に浮かぶ島だから、塩には事欠かない。しかし、島とは言ってもその面積は五十九万平方キロメートルと、日本の総面積の一・六倍もある。内陸の調査では、塩があるかどうかをまず点検しなくてはならない。塩は街道沿いの店「エピセリ」(食料品&雑貨店:注1)で買うことができる。

「エピセリ」で「シーラ」(塩:注2)と言えば、グラム単位で売ってくれる。たいてい湿っている。ちなみに砂糖は「シラマミ」(マミは甘い)で、これら二品とTHB(ビール:注3)がない「エピセリ」はありえない。

つまり、砂糖と塩では言葉の優先順位が塩にある。むろん、マミは甘いだけでなく、あらゆるよいことの形容詞だから、砂糖が軽視されているわけではない。しかし、マダガスカルは圧倒的な米文化圏であり、米だけでも十分に甘いので砂糖は贅沢品だが、塩は必需品である。

あらゆる料理に塩ばかりは欠かせないが、汗をかく熱帯ではことさらである。

2004年のマダガスカル北端の森の調査は、近辺に「エピセリ」どころか村もない奥地だったが、私がうっかりして食料の準備をガイドに任せてしまったことがあった。そこには当然車の道はないが牛車の通る道はあるので、トヨタの四輪駆動車の性能でなんとか川も荒れ地も乗り切ろうと計画し、私の頭も注意力もそこに絞られていたためだった。

二つの川を渡り、二度のぬかるみを越えて、気力と体力を使い果たし、闇の中で川辺にテントを張った。ようやく夕食になった時、運転手兼ガイド兼調理師のロランが悲痛な声をあげた。

「チミシ・シーラ!(塩がない!)」。

米もある。絞めたばかりの鶏もある。タマネギもある。しかし、塩がない!

その夜の食事の索漠たることは、塩味のない鶏タマネギ炒めを食べたことのない人には分からないだろう。塩は必需品である。

島 泰三(NGO日本アイアイ・ファンド代表、マダガスカル国第5等勲位シュバリエ)

注1:エピセリ(épicerie)はフランス語で、エピスépiceは香辛料である。

注2:シーラ(sira)もマミ(mami)もマダガスカル語である。フランス語の塩selはサラリーの語源であるが、同時にシーラの語源かもしれない。

注3:THBは「テーアッシュベー」とフランス語読みするが、「スリーホースビール」の略で、このビールのラベルには三頭の馬の頭が並んでいる。マダガスカルのどんな僻地へもこの図柄を描いたベンツの四駆トラックが行く。首都に近い高原都市アンチラベで麦から作る地ビールである。

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