「私が生まれてから今日まで見たこともないほど立派な塩」。

16世紀初め、メキシコ合衆国ユカタン半島の塩田を訪れたスペイン人宣教師ディエゴ・デ・ランダはこのように書き残しています。

16世紀にスペイン人がやってくる以前、現在のメキシコ北部からエルサルバドル西部にまたがる領域には、古代メソアメリカ文明が栄えていました。この古代文明においても塩は生活必需品であり、また重要な交易品でもありました。変化に富む自然環境が広がるこの領域では、海水や塩分を多く含んだ土などを原料として多種多様な塩作りが営まれ、スペイン人が驚くほど良質な塩が生産されていました。

スペイン人がやってきた16世紀のユカタン半島周辺では塩田で塩作りがおこなわれていたようですが、16世紀以前、その他の地域では土器を用いた塩作りが盛んにおこなわれていました。平底で直径の大きい土器は天日で海水を濃縮して「鹹水(かんすい)」(塩分濃度の高い塩水)を作る装置、三角フラスコを逆さにしたような土器は塩分を含んだ土を濾過して鹹水を作るための装置、大型の甕は鹹水溜めなどに使われました。そして鹹水を長時間かけて煮詰める工程で、土器が重要な役割を果たしていました。「煎熬(せんごう)」と言われるこの工程では、実に大量の土器が使われました。

土器の形や大きさは地域によって異なるようですが、各地である程度の規格性をもって製作されたようです。各地で共通する土器の特徴としては、土器の表面に装飾がなく(あっても非常に少ない)、簡素な作りであることが挙げられます。塩がつくられていた遺跡を発掘すると、これらの土器が大量に出土します。長時間かけて鹹水を煮沸することで、結晶化された塩ができるわけですが、土器は長時間にわたり熱を受けることでボロボロになります。ボロボロになった土器は捨てられ、また新しい土器が使われます。土器を作っては、鹹水を煮詰め、塩を採り、土器を捨て、また作り・・・、こうした工程が繰り返されると、捨てられた土器片の山が次第にできあがっていきます。遺跡でみる土器片の山は、圧巻です。

エルサルバドル共和国ヌエバ・エスペランサ遺跡で見つかった製塩用土器片の山

 

塩作りに使われた土器は、博物館でよく展示されているような見栄えのする綺麗な土器ではないかもしれません。だからといって価値がないわけでもありません。大量の土器片が重なり合っている様からは、古代の人たちが塩作りにかけた思いや彼らの一生を垣間みることができるのです。

市川 彰(名古屋大学高等研究院特任助教)

 

参考文献:「メソアメリカ南東部太平洋沿岸における先スペイン期製塩活動」市川 彰・南 雅代・八木宏明(『日本考古学』第40号)、『大航海時代叢書(第Ⅱ期)13 ヌエバ・エスパニャ報告書他』ランダ他

ホームへ戻る