New Salt on the Earth(南北アメリカ編)第3回
シパキラ岩塩教会(コロンビア共和国) 2024.9.12更新
第3回 シパキラ岩塩教会(コロンビア共和国)
1985年に訪れた南米コロンビアの首都ボゴタは、クーデターが起きて鎮圧されたばかりだった。岩塩鉱山に行くためタクシーを拾ったボリーバル広場には、最高裁判所に突っ込もうとした戦車がそのまま放置してあった。そのボゴタから北に50km程行くと、シパキラの町に着く。スペインが植民地にする以前から塩を産出してきた岩塩鉱山の町だ。採掘の動力源に石炭を使うため町全体がススで黒ずんでいる。町から見える草木の生えた普通の山が岩塩鉱山だが、標高は2,600mを越えるアンデス山脈の中腹にある。岩塩の発見はヤギが岩をなめているのを牧童が目撃したことに始まるという。一方、この町を有名にしているのは「黒いカテドラル」と呼ばれる岩塩教会である。
駐車場の奥にシパキラ鉱山と岩塩教会の入口がある。森の真下に掘られた2つの横穴は右側が黒いカテドラルに行く。中央に労働者のモニュメントが飾られている。
山の中腹に掘られた坑道を約120m進むと頑丈な鉄格子の扉にたどり着く。ここが教会の入口で、水銀灯に照らされた回廊の奥に岩塩を掘り尽くした巨大な黒い空間、岩塩ドームがあった。岩塩で造った祭壇の壁にはライトアップされた大きな十字架が彫られて神々しく浮かび上がっている。石炭のススは教会の中まで入り込んで壁は岩塩と思えないくらい真っ黒になっている。これが「黒いカテドラル」と呼ばれる所以で、ミサの時1万人が収容できる広さがあるといわれている。
岩塩ドームの広い空間。黒くススで汚れた教会の壁に、浸み出した地下水が塩を溶かし、白く再結晶している。岩塩抗は水の浸食に弱い。巨大なドームの柱をワイヤーでグルグル巻きにして崩壊を一時的に止めているが、今にも崩れそうだ。
休日には大勢の人々がボゴタからやってくる。司教がいないので正確には教会とは言えないが、内部はカトリック教会の造りを整えており巡礼に訪れる人も多い。
人の生活に欠かすことのできない塩の廃鉱を利用して教会を造るということは、塩の貴重さや神聖なイメージからしても理にかなっている。人の心を癒す世界中の宗教が、清めの儀式に塩を使うのも納得できる。
大聖堂はもともと鉱山で働く人々の安全と心の癒しのために造られたもので、内部はイエス・キリストの「苦難の道」を表現した14のエリアで構成されている。
岩塩抗の壁を磨いて造った小さなチャペル。天井から壁にかけて岩塩層が激しく褶曲した跡が模様となって残っている。
私がシパキラを訪ねてから、もう40年近く経つ。ここで掲載した写真は当時のもので、地下水が浸み出して再結晶した塩が天井に張りつき、広い空間を支えるドームの柱は、ワイヤーでグルグルに巻かれて、いつ崩壊してもおかしくない状態だった。それは、首都直下型地震にそなえて、JRが陸橋の柱を補強するために、鉄筋で幾重にも巻きつけた光景と同じに見えた。それでも無機質な水銀灯に照らし出された黒い大聖堂は、いかにも霊験あらたかな雰囲気があった。しかしその姿は、もう見られない。1995年、安全のために大改装がおこなわれ、今はカラフルなLEDの照明で、クリスマスツリーのようなにぎやかさだと聞く。同時に新たな現場を紹介できない私の塩の旅もそろそろ終りつつある。
ドームの中心はミサができるように椅子や広い空間が設けられている。
片平 孝(写真家)