カナダ、ユーコン準州の内陸部に暮らすカスカの人々は、第二次世界大戦の際にハイウェイができるまでは、遊動生活をしながら暮らす狩猟採集民でした。カスカの土地では主食となる植物が育たないため、伝統的に食べ物のほとんどは肉でしたが、定住し近代化が進んだ現在も肉への嗜好が強く、活発に「食べるため」の狩猟活動を続けています。

人々が獲物を探すとき、重要なのは、その動物が好きな食べものがある場所を知っているかどうかということです。例えば夏のヘラジカなら湖から流れ出る川に育つ水草、あそこの山にはカリブーの好きなカリブー苔が生えている、といった具合に。そして植物だけでなく、冬道に撒かれる融雪剤としての塩や山地に露出する塩もまたカリブーやドールシープを引きつけるということをカスカの人達はよく知っています。

そうやって見つけた動物を獲って食べるときにも塩は重要な役割をはたします。カスカの人々が、特に野生動物の肉を食べる際の調理の仕方は至ってシンプルで、せいぜい茹でるか、焼くか、ローストするか、干し肉にするかといったところで、調理する際にはほとんど味付けしません。食べる時に少し塩を、そして人によっては少し胡椒をふるくらいです。干し肉にも干す前に直に塩を振るか、塩水につけることでほのかな塩味をつけておきます。

あまりにもシンプルな料理に飽きることはないかと思い、一度ヘラジカの肉でカレーを作って振る舞ったことがありました。すると、それを食べた古老は少し申し訳なさそうにこう言ったのです。「美味しいけど、せっかくの肉の味がわからない。ストアミート(店で販売される牛や豚など)で作るならいいけど・・・」

カスカの人々にとって、野生の肉は毎日食べても決して飽きることのない美味しいもので、少し違う味を楽しみたいときは、ノウサギや雷鳥などのいつもと違う肉、あるいは大腸や腎臓などの内蔵を食べることで味にメリハリを付けていました。毎日肉を食べる人々が、唯一加える調味料である塩は、肉の美味しさを壊すことなく引き立てることによって、昔も今もカスカの人々の生活に寄り添う大切な存在といえるでしょう。

山口未花子(岐阜大学地域科学部助教)

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