遊牧民にとって塩は、何よりも家畜の食用として重要です。遊牧民の家畜はヒツジ、ヤギ、ラクダ、ウマ、トナカイといった草食獣で、塩をほとんど含まない植物が主食なため、生理的に塩を欲する性質があるからです。また、遊牧民の家畜は囲われてもつながれてもいませんが、人間が塩をくれることをわからせておけば、家畜は人間のそばにとどまるようになります。遊牧民は、家畜を“物理的なヒモ”でつなぐ代わりに、塩という“生理的なヒモ”でつなぎ留めてその生業を成り立たせているとも言えます。

塩を使った家畜の制御はシベリアやモンゴルの遊牧民でも見られますが、イランを中心とする西アジアの遊牧民には専用の塩袋があります。塩袋を持った人間が先導すれば、塩欲求の強い草食獣の群れ全体の誘導もできます。この場合、家畜が自由に塩をなめて満足しては“生理的なヒモ”の効力が弱まるため、家畜が頭を入れて塩をなめることができないよう袋の口だけを狭めた凸形の袋が作られたのです。

そうした伝統的な遊牧生活は今ではほとんど見られませんが、独特の凸形をした西アジア遊牧民の塩袋は、遊牧という生業に不可欠な塩の役割を教えてくれる好資料であるとともに、伝統技法による羊毛染織品としても美術的価値を見出されています。

 

たばこと塩の博物館 主任学芸員 高梨浩樹

(写真提供:たばこと塩の博物館)

 

参考文献:「塩袋から広がる世界~「塩袋の役割」から「染織品の鑑賞」へ~」高梨浩樹(『丸山コレクション 西アジア遊牧民の染織 塩袋と旅するじゅうたん』たばこと塩の博物館)

 

(塩と暮らしを結ぶ運動推進協議会事務局より)塩と暮らしを結ぶ運動の賛助会員であるたばこと塩の博物館(東京都墨田区)には、西アジア遊牧民の塩袋が展示されています。その隣には、生活を支える文化的な必需品としての塩の役割や、塩にまつわる民俗などの情報を引き出せる装置があります。

 

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