南アジアの国々(インド、スリランカ、ネパール、パキスタン、バングラデシュ、ブータン、モルディヴ)では、古来さまざまな塩が食用や工業用に利用されてきました。パキスタンからネパールにかけての北部山岳地域では岩塩(「ヒマラヤ岩塩」)が採れます。なかでもパキスタンのケウラ鉱山は世界有数の岩塩鉱山です。食用としてだけではなく、美しいピンクやオレンジ色の硬いヒマラヤ岩塩は、ランプシェードなどのインテリアとしても人気です。塩の塊を岩塩として直接掘りだす地域に対して、濃い塩水を作り、その水分を蒸発させて塩を作ってきた地域もあります。南アジアでは、ふたつの種類の塩水があります。ひとつは塩湖です。インド西部の内陸塩湖サーンバル湖はインドを代表する塩の産地です。もうひとつは海水です。インド洋に囲まれた沿岸部では、海水からの塩作りが盛んでした。

このように、一口に塩といっても、いろいろな種類があります。ナトリウム、カリウム、マグネシウム、鉄などの塩を構成するミネラルによって味も色も変わるので、塩は実に個性豊かなのです。その個性を19世紀の海塩作りからもう少しみてみましょう。伝統的な海塩作りにはふたつの方法がありました。一般的な方法は、海水を太陽の熱で水分を蒸発させて塩を結晶化させる天日製塩です。もうひとつは、海水を塩田で濃縮して作った濃い塩水を燃料で煮つめるという方法です。この方法は、現在のバングラデシュからインドの西ベンガル州にまたがるベンガル地方沿岸部で盛んでした。ベンガル地方では、ガンジス川をはじめとする大河川の河口付近で塩作りがおこなわれていましたが、深い森が広がり湿気も多い地域のため、太陽の熱だけでは水分を蒸発させることができませんでした。その代わりに藁や草などの低カロリーの燃料が豊富に採取できたので、太陽に代わって燃料を使ったのです。

ベンガル地方の多くの人々は、この方法で作られた塩を好みました。不純物が少なく結晶が細かい塩ができたことが、その理由のひとつです。聖なるガンジス川の河口で作られていることも人気の理由だったようです。この地方での塩作りは、19世紀半ば頃から燃料不足や政府(当時の植民地政府)の政策などの影響を受けて衰退してしまいましたが、人々の好みは根強く、同じ方法で生産された塩がひきつづき好まれ、輸入されました。興味深いことに、ベンガル地方に隣接するオディシャ地方ではむしろ人の手をくわえない天日塩が好まれました。19世紀の南アジアの人々も現在の私たちと同じように、塩を単に必要なミネラルとして摂取していただけではなく、それぞれの塩の個性もよくみていたようです。

神田さやこ(慶應義塾大学経済学部教授)

参考文献:『塩とインド-市場・商人・イギリス東インド会社』神田さやこ

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