New 暮らしと塩のほんとうの話~公衆衛生の視点から~
第3回 腸と塩と微生物~見えない“共生”を支える塩~ 2026.2.24公開
2026年2月、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックが開催されました。会場が広域に分散する大会であり、食事もまた、競技力を支える重要な要素になります。多くの日本人選手にとって、主食としての米はなじみ深く、結果としてグルテンを避けたい場合の選択肢にもなり得ます。
私も、野球や減量系競技の栄養サポートを得意とする公認スポーツ栄養士として、体重を増やすときも、食べながら減量するときも、炭水化物は要であり、米をしっかり摂ることを基本に据えています。グリコーゲンローディングという考え方は、身体を充電器にたとえるなら、すぐに使われるブドウ糖を、貯蔵形のグリコーゲンとしてどれだけ蓄えられるか、という発想です。
ただ近年は、「摂る量」だけでなく、人間がどうエネルギーを産生するのかという研究が進み、腸内環境や微生物(腸内細菌)の働きもこのエネルギー産生の点から注目されるようになりました。私たちの身体は、口から食べ、最初に唾液とともに消化され、腸で吸収され、代謝される―と説明されます。そこに「腸内で起きる発酵(微生物の代謝)」という視点が重なりはじめています。こうして見ると、私たちの代謝は、腸の中の「見えない共生」に支えられているとも言えます。
人は生まれた瞬間から微生物と出会います。出産様式や授乳、生活環境によって腸内細菌叢の形成は影響を受けることが知られています。食物アレルギーは、体内で異物として認識されたときに起きる反応ですが、考えてみれば母乳以外の食は“異物から始まる”とも言えます。そして近年、腸内細菌叢は、高塩分によって生じうる免疫反応の偏りを和らげる“鍵”になり得ることが示唆されています。
世界の食文化には、環境条件の中で身体を守るための知恵が埋め込まれています。東アフリカのケニア・タンザニア周辺に暮らすマサイ族の食文化は、家畜とともに成り立っており、場面によっては牛の血(生血)を口にすることが知られています。ここで私が注目したいのは、単なる“珍しい習慣”としてではなく、血液にはナトリウムを含む電解質があり、塩の確保が難しい環境では、体液(血)を摂ることがミネラル補給の意味を持ち得るという点です。塩は「味付け」だけでなく、身体の恒常性(体液バランス)を支える資源でもあり、どこからどう得るかは、生き方そのものに結びついています(もちろん、文化・衛生・倫理の文脈を含めて理解されるべきで、安易に模倣できる話ではありません)。
そして日本。古くから塩とともに暮らしてきた私たちの食文化には、麹菌を核にした味噌・醤油などの発酵調味料が根づいています。発酵でたんぱく質はアミノ酸や小さなペプチドに分かれ、近年は“形が少し変わった”修飾ペプチドの存在も報告されています。味噌から見つかった短いピログルタミルペプチドには、動物実験で抗肥満作用が示され、発酵食品の価値を支える候補成分として注目されています1)(ただし人での確証は今後です)。
味噌をめぐる研究も興味深いものがあります。長浜コホートの解析では、女性で「味噌汁を毎日飲む」群は、インスリン抵抗性指標(HOMA-IR)が低い(糖尿病のリスクが低い)関連が報告されています2)(関連であり因果を断定するものではありません)。
食を取り巻く環境も変わりました。**図(品目別自給率の推移)3)**では、1965年に野菜は100%でしたが、2024年は78%へ。果実は1965年90%から2024年36%へ大きく低下しています。米は1975年に110%まで上がった後、2024年は97%程度。鶏卵(飼料自給率考慮)は1965年31%から2024年12%へ。供給熱量ベースの総合食料自給率も、1965年73%から2024年38%へ低下しています。

品目別自給率(重量ベース)の推移と
供給熱量ベースの総合食料自給率
「何を食べてきたか」だけでなく、「その食はどこから来たか」もまた、腸内環境の土台に影響し得る――私はそう考えています。なぜなら、Pantoea種の見える化4)を共同研究で進める中で、土や植物に由来する菌が、私たちの食べ方(生食か加熱か)や、食材が「どこで・どう扱われたか」(洗浄・加工・輸送など)によって、口に入るまでの“出会い方”が変わり得ることが見えてきたからです。そこに、腸内環境の土台を考える手がかりがあるように思うのです。
ここで紹介したいのが、1975年型の日本食に関する介入研究です。若年成人を対象に、1975年型の食事を摂取する介入で、腸内細菌叢の変化と生体指標との関連が検討されています5)。
米中心で、野菜や大豆製品、発酵食品を含む食事は、「日本型食生活」と重なる部分が多いです。そこに塩と発酵調味料が“土台”として関わっていたことは見逃せません。研究結果の解釈は慎重であるべきですが、少なくとも「食の型」が腸内環境を動かし得ること、そして発酵食品を含む食事が現代の健康課題と無関係ではないことが示唆されています。1975年は、生食が今より身近で、ドレッシングや手軽な調味料も今ほど多くなかったでしょう。塩と発酵調味料で味をつけ、季節の生食を取り入れる―そうした暮らしの中で、私たちは自然由来の微生物と日常的に接しながら生きていた可能性があります。微生物にはリスクもありますが、同時に、腸が“共生”を学び、免疫や代謝の土台をつくってきた側面もあります。私はそこに、現代の健康課題を読み解く鍵があるように感じています。
食塩摂取量の推移を見ると、1975年は平均14.g程度とされ、現在より多い時代でした6)。一方、2024年の国民健康・栄養調査(結果概要)7)では平均9.6gと、近年で最も低い水準になったと報告されています。ただし健康日本21(第三次)の目標(7g)よりは依然高い状況です。
それでも1975年以降、過敏性腸症候群や糖尿病など、代謝・消化に関わる不調が増えてきた現実があります。塩だけで説明できる話ではなく、食環境、加工食品、ストレス、睡眠、腸内環境―それらが重なっているでしょう。
第2回でも述べましたが、塩は「多い/少ない」の二択ではなく、自分に合った“ちょうどよい量”を探すことが大切なのだと思います。私たちの身体を守ってくれている見えない微生物と共存するためにも、実は塩はかけがえのないものです。その価値に、もう一度気づいてほしい、そう願っています。
德野裕子(十文字学園女子大学人間生活学部准教授)
【参考文献】
- 佐藤健司ら「味噌・醤油中のペプチドと健康」『日本栄養・食糧学会誌』第78巻 第5号 275-281 (2025)
- Ikeda K, et al. Dietary habits associated with reduced insulin resistance: The Nagahama Study, Diabetes Research and Clinical Practice 141(2018) 26 –34
- 「総合食料自給率(カロリー・生産額)、品目別自給率等」(農林水産省ホームページ)に基づき塩と暮らしを結ぶ運動推進協議会事務局にて作成
- Kuranishi T, et al. Development of a New Semi-Selective Lysine-Ornithine-Mannitol-Arginine-Charcoal Medium for the Isolation of Pantoea Species from Environmental Sources in Japan, Microbes Environ. Vol. 34, No. 2, 136-145, 2019.
- Kushida M, et al. Effects of the 1975 Japanese diet on the gut microbiota in younger adults, Journal of Nutritional Biochemistry 64 (2019) 121–127
- 由田克士「地域や集団の特性を考慮した栄養指導法に関する基礎的な検討」『厚生労働科学研究費補助金 循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業 地域における循環器疾患発症及び重症化予防に対する取組の推進のための研究 令和2年度 総括・分担研究報告書』2021.
- 厚生労働省「令和6年国民健康・栄養調査結果の概要」2025.
これまでの連載はこちら
第1回 塩と私の原点~”当たり前”にあった塩の記憶~
第2回 食卓から健康を守る~学校給食と塩のはたらき~

