生命と塩 最終回 塩の中の生命

これまで「生命と塩」というテーマで、塩と生命の接点や生命活動における塩の役割など、「生命の中の塩」について述べてきました。最終回になる今回は逆の観点から「塩の中の生命」について述べたいと思います。しかも、岩塩の中に閉じ込められた「太古の生命」について。岩塩はもともと海水が蒸発してできた塩(海塩)が地中で押し固められたものです。もともとは海塩ですから海水中の生きもの(特に微生物)が入ったまま固まることもあります。ギュッと押し固められて岩塩になると、それは中のもの(微生物など)を長期保存します、まるで太古からのタイムカプセルのように。

タイムカプセルといえば、環境中の微生物を研究する分野では、まず南極や北極の「氷床」の氷が思い出されます。氷床とは面積が5万平方km以上の“大きな氷河”です(関東甲信地方の面積がほぼ5万平方km)。雪が降り積もって押し固められたのが氷床氷です。厚さが4,000 m以上もある南極氷床の深いところには100万~200万年以上前の「太古の氷」があり、そこから太古の微生物が見つかり、しかも蘇生されています。

南極の氷床より古いものに永久凍土があります。シベリアの300万年前の永久凍土から未知の微生物が蘇生されました。さらに、4,000万年前の琥珀(こはく)に閉じ込められた蜂から微生物を蘇生させたという報告があります。2億2,000万年前の琥珀に微生物を観察した報告がありますが蘇生は試みられていません。でも、もっと太古の2億5,000万年前の岩塩から微生物が蘇生された報告例があり、これが生物の蘇生の最長記録になっています。こうなると、「永眠」という言葉は本当に「永い眠り」を指すだけであって、もはや「死亡」の婉曲表現ではなくなった気がします。

2億5,000万年前の岩塩から微生物を蘇生させたのはアメリカのラッセル・ヴリーランド博士で、僕は博士に蘇生実験を再現していただいたことがあります。僕が見た限り「雑菌による汚染」はなかったと思いましたが、まだ疑っている人もいるようです。でも、同じ2憶5,000万年前の岩塩から植物繊維の「セルロース」が回収されたことは重要です。セルロースの残渣ではなく、しっかりした本来のセルロース繊維のまま回収されたのですから。これは生体高分子(バイオポリマー)の回収で最古の記録になりました。

セルロースは“植物の骨格”のようなものです。植物が光を求めて、しかし、重力に抗して上に伸びるのを支えるのがセルロースです。地球の生態系を支えているのは植物で、その植物を支えているのがセルロース。したがって、地球生物圏においてもっとも大量に存在するバイオポリマーがセルロースなのも当然でしょう。そして、地球外の天体に生物圏があるなら、そこでもセルロースかそれに似たものが存在することでしょう。今後の地球外生命探査ではセルロース、しかも、「塩の中のセルロース」が狙い目になるかも。

地球外の天体に「塩」はあるでしょうか。有力なのは木星の第2衛星「エウロパ」です。エウロパは地球の月と同じくらいの大きさで、表面が氷に覆われています。氷の下には岩石の部分があり、天体力学的な理由で岩石の内部に熱が生じて火山活動があるはずです(かなり確からしいです)。火山の熱で氷の底が融けて液体の水になり、それがエウロパ全体に及んでいるらしいです。つまり、表面は氷、内部に岩石、その間にサンドイッチのように液体の水、専門的には「内部海」があるのです。

エウロパ表面の氷には割れ目があって、そこから内部海の海水が噴き出すことがあります。その痕跡を宇宙望遠鏡で調べたら、エウロパの海水に塩分があることがわかりました。その塩分は塩化ナトリウムや硫酸マグネシウム、地球の海の「お塩」と同じでした。地球の海底火山には奇妙だけど豊かな生態系があります。同じようにエウロパ内部海の海底火山にも生態系があるのではないかと期待されています。そして、エウロパ内部海の海水には「お塩」がある…

「生命と塩」をたどる旅は太古の生命からついに宇宙にまで来てしまいました。この長い旅もここでいったん終わります。この連載をご愛読くださり、ありがとうございました。

長沼 毅(広島大学大学院統合生命科学研究科教授)

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