第2回 海の民と山の民の物々交換

捕鯨村ラマレラ村のあるレンバタ島は沖縄本島よりやや大きい島であり、火山をいただいた島の住民の伝統的生業は焼畑耕作によるトウモロコシ・陸稲栽培である。その南海岸にマッコウクジラを捕獲して生計を営むラマレラの民がいる。

ラマレラ村での伝統的な経済システムを構築するのは、女性がおこなうクジラ肉を媒介とした物々交換である。それは彼らの生きる糧となる穀物を山の民から手にいれる原初的な交換形態である。

物々交換の場には伝統市と行商の二つがある。伝統市は山の民と海の民が出会う場所であり、週一度決まった曜日に開催される市である。行商は歩いて山の村に向かい物々交換をする方法で、「プネタン」(奥地へ)と呼ばれる。一番鶏が鳴く午前2時頃、女性たちは松明を持ち、クジラ肉やイトマキエイなどのサカナや塩を籠に入れて出発し、山の村でトウモロコシやバナナなどを交換して夕方に戻るのが一般的である。

行商には2泊3日、一週間の行程もあり、50kgほどの重い荷物を頭上運搬して険しい山道を往復する行商は、男たちの捕鯨と同じくらい命をかけた過酷な仕事である。山村での行商時、女性たちは「ママ、タクホぺ、イカ・シア、ハラ」(「奥さん、サカナと塩はいりませんか」)と声をかけながら路地から路地を売り歩く。

プネタン(行商)

当地域の物々交換における伝統的な価値基準単位は「モガ」という単位で表される。モガは「一掴み」という意味で、塩一掴みを1モガとし、1モガはトウモロコシ、バナナ等6本と交換される価値基準である。クジラ肉は、赤身1片(約5×7cm)、脂身1片(約6×10cm)=2モガ=トウモロコシ12本 で交換される。

また、塩と同様に海からの恵みである石灰も交換物として重要な産物である。死んだサンゴ塊を焼いてつくられる石灰も、ラマレラの女性たちの手により山へ運ばれる。嗜好品のキンマ噛みや織物用糸の染色には石灰は不可欠であり、山の女性たちが待ち望むものである。交換率は塩同様、石灰一掴み=1モガ=トウモロコシ等6本である。

海の民と山の民の交換物

塩づくりは乾季(5~11月)に行われ、クジラがあまり獲れない雨季(12~4月)には塩は重要な交換物となる。ラマレラの海岸は船を出し入れできるわずかな砂浜以外、火山島特有の岩礁地帯が続く。ラマレラの女性たちは海岸の窪みを利用し、岩石上に炉灰を固めた土手を築いて蒸発池をつくり、そこに海水を注いで天日濃縮によって鹹水(かんすい※1)を採り、煎熬(せんごう※2)して塩を得る。煎熬には市販の鉄製丸鍋を使用し、乾季には一日焚いて約2kgの塩ができる。レンバタ島南部の内陸部への塩の供給はラマレラ村が独占し、女性たちによる行商で賄われている。

ラマレラの塩づくり 左上2枚:天日濃縮で鹹水を採る
右上:出来上がった塩を入れる容器(ノメ) 
下2枚:煎熬 

塩はクジラ肉の保存用として使用される以外、ラマレラ独特の珍味としてのイトマキエイ類の肝臓や胃の内容物であるオキアミ、あるいはクジラの脂身を塩蔵した保存食に使用される。

「アテ」と呼ばれる保存食はイトマキエイの肝臓に塩をまぶし、壺や竹筒に漬けこんだもので、通常半年から1年くらい漬けこんで食べるまさに珍味である。3~4年は保存ができ、長期保存したものはとろけそうな状態を保っており、「ブロメ」はオキアミを塩蔵したもので日本の塩辛に近い。

「ムドゥ」はマッコウクジラの背びれの後部の脂身に塩をまぶして壺に漬け込む。クジラの部位の中でも脂がのっているので、塩蔵することにより旨味が増す。これらは交換物としても使用されるが、嗜好食品のためすべての山の民に受け入れられるわけではない。

塩を使ったラマレラ村の珍味 左上:アテ
右上:オキアミ(ブロメの材料) 下2枚:ムドゥ

以上のように、ラマレラ村にとっての塩は、クジラ肉の保存用に利用されることはもちろん、食料との交換物としてクジラ肉を補うものであり、長期保存の加工食品をつくる上にも重要な役割を果たしているのである。

江上幹幸(えがみともこ)(元沖縄国際大学教授)

参考文献:小島曠太郎・えがみともこ『クジラがくれた力』ポプラ社 2003年、江上幹幸「インドネシア、ラマレラのクジラをめぐる交換経済と食文化」池口明子他『身体と生存の文化生態』海青社 2014年

注1 鹹水(かんすい):濃い塩水
注2 煎熬(せんごう):煮詰めること

これまでの連載はこちら
第1回 ラマレラ村の伝統捕鯨と塩

続きはこちら
第3回 山の民の塩づくり


【塩と暮らしを結ぶ運動推進協議会事務局より】
江上幹幸先生には、「くらしお古今東西」の沖縄県のページにもご寄稿をいただいています。こちらも、ぜひご覧ください。

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