第5回 ティモール島の塩とヤシ糖

本稿の舞台であるティモール島は、インドネシアの東ヌサトゥンガラ州に属する西ティモールと、2002年に独立した東ティモール(東ティモール民主共和国)に分かれている。

ティモール島の製塩は、西ティモールの南部では州都クパン周辺の数箇所の村で行われている。北岸ではベル県のハリバダ集落と隣接するケネビビ集落、そして東ティモールの北岸ではリキサ県で数箇所行われていて、両地域とも基本的な製塩法は変わらない。大きな違いは、製塩道具・採鹹(さいかん※1)装置に使用するヤシ種の違いである。製塩地の地理的条件によって、南部の製塩では前回紹介したレンバタ島とソロール島での製塩同様にロンタールヤシ(Borassus flabellifer)が、北岸ではゲワンヤシ(Corypha utan)(※2)が使用されている。

ヤシ科の植物は200余属2,500種あり、その大部分が熱帯・亜熱帯に分布している。インドネシアにおいても欠くことのできない有用植物として、多くの種がさまざまな用途に利用される。ヤシの葉や葉柄を建材(屋根材・壁材・結束材)や籠、紐として利用し、花序液からヤシ酒・ヤシ糖を生産することは東ヌサトゥンガラ州に共通する文化要素である。海岸付近の乾燥地帯に自生するロンタールヤシや山岳地帯・河川湿地に自生するゲワンヤシは製塩道具・採鹹装置にも重要な役割を果たす。

① ロンタールヤシ ② ゲワンヤシ

今回のテーマであるロンタールヤシの有用利用は、主に樹液からヤシ酒とヤシ糖を生産することである。なかでもヤシ酒は、檳榔(びんろう)噛みに用いるアレカヤシ(Areca catechu)の実と並んで儀礼に必須であることから、数種類のヤシから作られ、島のあらゆる地域と民族で生産される。いっぽうのヤシ糖は、ほとんどがロンタールヤシから生産され、おもにロテ人、サブ人の生産者で占められている。

州都クパン市と東ティモールを結ぶ幹線道路の北側に面したサブ海沿岸の広大な河口干潟は製塩に利用されている。その内陸部の乾燥地にはロンタールヤシが生育し、基本的な調味料である塩、砂糖、それに嗜好品の酒が同じ所で作られている興味ある地域である。クパン市から東に22kmの調査地であるオエベロ村、トゥアプカン村は、ティモール島の南西に浮かぶロテ島に出自を持つロテ人が多く住む移住村である。

製塩地のオエベロ村では、ソロール島ムナンガ村(前回参照)に類似したロンタールヤシ製の装置で鹹水を採っていたが、21世紀に入り、ジャワ島から購入したGaram Kasar(不純物を含む粒子の粗い塩)に井戸から汲み上げた水を繰り返し注いで、Garam Kasarを溶かして鹹水を採り、ドラム缶を伸ばした長方形の釜で煎熬(せんごう※3)し、塩を再製している。最近、オエベロ村周辺に大規模な天日塩田が完成し、ここからGaram Kasarを入手し、ほとんどの家でこれを使用する方法に取って代わられた。この新しい方法により、鹹砂(かんしゃ※4)と海水を運ぶ重労働がなくなって生産性があがり、現在も製塩村として継続している。幹線道路に沿って家が点在し、沿道にはロンタールヤシ葉製の籠に入れた塩を各家自作の棚に並べた露店が数キロに渡って続き、まさに塩街道といった風景である。

① 採鹹装置 ② 井戸
③ 大量のGaram Kasar(粒子の粗い塩)④ Garam Kasar
⑤⑥⑦ Garam Kasarに水を繰り返し注ぎ、濃度の高い鹹水をつくる

オエベロ村周辺のGaram Kasarをつくる天日塩田

塩街道

隣接するトゥアプカン村は、ロンタールヤシからのヤシ糖生産を生業としており、村名は「ロンタールヤシの幹」の意である。ヤシ樹液を採取する時期は、花序の形成が始まる4月~11月までの乾季である。ロンタールヤシはこの時期に、それぞれの葉ごとの葉腋に苞で包まれた大きな花序が形成される。各花序には花梗(かこう)から分岐した枝梗(しこう)が4~5本伸びている。それぞれの苞に包まれた花序内の枝梗の先端には、長さ30センチほどの花の咲く部分(小穂)が2~3本分かれて伸びている。この小穂を木製ペンチで挟んで潰す処置を柔らかくなるまで繰り返し、それにより樹液の滴下を促す。

数日間、枝梗の先端を潰す処置を繰り返し、1人おおよそ30~40本すべてのロンタールヤシに同様の処置を施し、採液が可能となる。その後は毎日朝夕2回の採液が行われる。採液する一つの花序は、4~5本の枝梗を紐で束ね、樹液を受けるロンタールヤシ葉製容器(ハイク)に差し込み、ハイクに満杯の樹液の滴下を受ける工夫がしてある。

毎回交換するすべてのハイクには、鳥や虫などの被害から保護するために葉で編んだ籠をかぶせてある。ハイクは微生物の増殖を防ぐために、毎回のヤシ糖生産中に水洗いした後にヤシ液煮沸濃縮釡の上にかぶせ、湯気で熱消毒をおこなって清潔に保たれている。容器に微生物が繁殖すると蔗糖は分解されてしまい、濃縮しても固化せずヤシ糖製品にならないからである。他方で、ヤシ酒が必要な場合はハイクを洗わずに使用すれば、ヤシ樹液は酵母の働きで自然とアルコール発酵する。

① 花序の切り戻し作業 ② 採液中の花序
③ 採取された樹液をハイクに入れて運ぶ
④ 使用したハイクを湯気で熱消毒

樹液採集後の濃縮工程からが女性の仕事である。専用竈に設置した釜に漉し器で濾過したヤシ樹液を入れ、煮沸濃縮作業に入る。釜に樹液を足しながら100分煮詰め、シロップ状になったころ随時ヤシ殻容器に移し、専用の棒で攪拌する。その後飴状になったころ、ロンタールヤシ葉製の輪型に注ぎ固める。以上のような工程で作られたヤシ糖(含蜜糖)はグラ・メラ(赤砂糖)と呼ばれ、町の市場に運び販売する。

① 連結竈(七釜)の構造 ② 最後に煮詰める釜
③ 糖液をヤシ殻容器に移す ④ 撹拌棒で搗いて練る
⑤ 輪型の中で凝固させる ⑥ 市場で販売

ヤシ糖製品は多くの需要があり確実な現金収入があるが、ヤシ樹液の採取は毎日行う必要があり、ヤシ糖生産作業も休めない重労働である。そのためヤシ糖より手軽にできる、ヤシ樹液を保存して蒸留する工程のみのアラック(ヤシ蒸留酒)生産や、オエベロ村のようなGaram Kasarを用いた再製塩の生産に業種替えをする家も増えてきているのが現状である。

① Garam Kasarを利用した製塩装置
② 左側が鹹水装置、右側が煎熬してできた塩
③ Garam Kasarを購入して保管しておく
④ 同じ家で塩と同時にアラック(ヤシ蒸留酒)を生産している。
右側がアラック蒸留装置

江上幹幸(えがみともこ)(元沖縄国際大学教授)

参考文献:江上幹幸・小島曠太郎「東ヌサトゥンガラ州西ティモールのヤシ糖製塩」『インドネシア ニュースレター96』日本インドネシアNGOネットワーク 2017年

注1 採鹹(さいかん):鹹水(かんすい(濃い塩水))を採ること
注2 東ヌサトゥンガラ州・東ティモールではゲワン、インドネシア語ではゲバンと称する
注3 煎熬(せんごう):煮詰めること
注4 鹹砂(かんしゃ):塩分が付着した砂

これまでの連載はこちら
第1回 ラマレラ村の伝統捕鯨と塩
第2回 海の民と山の民との物々交換
第3回 山の民の塩づくり
第4回 大航海時代に登場する塩づくり

続きはこちら
最終回 ヤシとマングローブと塩


【塩と暮らしを結ぶ運動推進協議会事務局より】
江上幹幸先生には、「くらしお古今東西」の沖縄県のページにもご寄稿をいただいています。こちらも、ぜひご覧ください。

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