塩が足りないと? 第5回 保存料としての塩が足りないと

塩の用途は広大無辺だ。現在では、多様な用途で使われるソーダ製品を生み出すソーダ工業の原料としての消費が最も多い。が、現代日本人にとっては先ず「食品に塩味をつける調味料」だと考えられよう。少し時代をさかのぼると漬物や魚の塩蔵など「食品の保存」に重宝されていたことに気づかされる。それは洋の東西を問わないようで、堀越孝一『ブルゴーニュ家 中世の秋の歴史』(1996、講談社現代新書)は、つぎのように記す。

「塩は調味料などというほど軽いものではなかった。肉類の保存料だったのである。……『パリの一住民の日記』に塩の記事をさがせば愉快なのがあって、パリに多数の豚が送られてきた。ところが塩役人がよこしまなやつで、塩を(引用者注:船ではなく)『荷駄で』しか運ばせなかったので、塩が足りず、豚がだめになってしまった、と。塩が肉の保存料であったことのわけをたくまずして証言してくれている」

この書物のいう「中世の秋」とは、普通は「ルネサンス」と呼ばれる「14、5世紀」のことだ。このころ、一体どの程度の塩が必要だったのか。先の『日記』の1417年の記事は「この10月、塩に重税がかけられた」と記したあと、普通の人にも2、3スチエの塩が送りつけられ、金持ちは1ミュイ、半ミュイの塩を買わされたという。で、代金は配達人に支払うか、督促人を家に住まわせるかしないと王宮の牢獄につながれたのだという。

ここで1スチエ(setier)とは156リットルで、1ミュイ(muid)は12スチエだ。だから、1ミュイの量は1,872リットルに及ぶ。とすれば当時、普通の人で300~450リットル、金持ちなら1,000~2,000リットルの塩を買わされたことになる。

ちなみにその代金は1スチエ当たり「エキュ(écu)金貨4枚」――当時のエキュ金貨は3.95グラムの金で鋳造されていた。現在の金価格1グラムを8,000円前後と考えて円換算するとエキュ金貨1枚は3万1,600円。それが4枚だから、普通の人の塩への出費でさえ、1スチエ当たり現在の邦貨でざっと12万6,400円に及んだことになる。

そんな塩の生産地がパリの南東、今はワインの銘醸地として名高いブルゴーニュ地方の山中にあった。サラン・レ・バン(Salins-les-Bains)という名の製塩所である。それが位置するスイスとの国境を画するジュラ山地は大昔の海底が隆起して出来た土地なのだ。だから地中深くの塩の鉱床から吹き出る地下水から塩を生産することができたのだった。

15世紀、その生産量は年産7、8,000トンに及んだ。が、当時この地方を支配していた「ブルゴーニュ候国」では塩が足りずに「フランス」の地中海岸のラングドックや大西洋岸のポワトゥから塩を輸入していたという。それほど塩の需要は大きかったのである。

高田公理(武庫川女子大学名誉教授)

ホームへ戻る