くらしお古今東西

和歌山県と塩

中世には、小規模に「塩浜」による塩づくりが行われていたようですが、日本の各地で塩田による大量生産が行われるようになると、和歌山県の塩づくりの規模はしだいに縮小していきました。

明治末までは、現在の和歌山市、海南市、田辺市で揚浜式や入浜式による塩づくりが行われていました。また戦後から昭和30年代まで、小規模ながら流下式による塩づくりが行われました。

塩にまつわる人物

川幡六兵衛

河内(現大阪府)の人。宝永元(1704)年、黒江(現海南市)に船尾浜塩田を開墾したと伝えられています。ただし、やや内容の異なる別の記録もあり、正確なことはよく分かっていません。

参考文献:『大日本塩業全書 第二編』、『日本塩業体系 特論 地理』

ホームへ戻る