くらしお古今東西

石川県と塩

江戸時代には、加賀藩の保護の下、揚浜式塩田による塩づくりが盛んに行われました。明治になると、瀬戸内の塩の流入により衰退していき、その後、昭和30年代にほぼ廃止されますが、一部が文化財保及び観光資源として存置されることとなり、珠洲市では、現在まで揚浜式塩田による塩づくりが続けられています。

参考文献:『北陸専売事業60年の歩み』日本専売公社金沢地方局

塩にまつわる人物

藻寄行蔵

現在の珠洲市の生まれ。若いころに江戸で昌平坂学問所に学び、その後京都で医学を修めました。医療を業としつつ、明治維新後に加賀藩の保護がなくなったため衰退した能登の塩田の再興に尽力しました。

参考文献:『塩と碑文』水上 清、『北陸専売事業60年の歩み』

塩と暮らしを結ぶ運動推進協議会会員

全国塩元売協会会員

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