くらしお古今東西

島根県と塩

中世には、揚浜と推定される塩田(塩浜)があったとの記録があります。江戸時代には、八束半島の北岸及び出雲大社の周辺に複数の揚浜式塩田がありましたが、瀬戸内の塩の流入により次第に衰退しました。また明治期に流下式による塩づくりが行われたという記録があります。

塩にまつわる祭事

出雲大社に献じられた塩

中世には、各地の神社が神事などのための塩をつくる「塩浜」を所有していましたが、出雲大社も杵築(現出雲市)や高浜(同)に塩浜を持っていたことが記録に残っています。毎年8月14日(昔は7月4日)に、海底の塩砂を苞(つと)に包み、塩をやいて翌日の大社の神事に献じたということです。

参考文献:「八束半島における塩業について」河手竜海(『日本塩業の研究 第十四集』)

ホームへ戻る