くらしお古今東西

山口県と塩

江戸時代になると三田尻(防府市)や小松(周防大島)などに大規模な入浜式塩田がつくられ、盛んに塩づくりが行われました。その後も、山口県は昭和30年代まで、塩田による塩づくりの中心の一つでした。なお、周防大島では昭和40年代まで、塩田による塩づくりが行われていました。

塩にまつわる人物

田中藤六

 三田尻鶴浜(現防府市)の人。明和8(1771)年、生産過剰による塩田の不況への対応として、塩づくりを3月から8月までに限り、また塩田を二分の一または三分の一ずつ交替で使用する「三八持替休浜法」を藩に具申し、採用されました。その後瀬戸内の諸国にもこれを問いて回った結果、次第に諸国の塩田がこれに参加するようになり、「十州休浜同盟」が成立しました。また、瀬戸内十州の塩田業者が毎年集まって会合を持つようになり、この慣習は明治7(1874)年まで続きました。

参考文献:『塩の日本史』廣山尭通、『近世瀬戸内塩業史の研究』落合 功、『塩と碑文』水上 清

塩と暮らしを結ぶ運動推進協議会会員

全国塩元売協会会員

協力団体・協力会社等

  • 防府市
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